(葛西 善蔵 (著), 阿部 昭 (編集))葛西善蔵随想集

小説を読んでいないのにたまたま古本屋でみかけたからって先に随想集を読むのもなんとなく行儀が悪いというかそういう気もしますが、古井由吉が何度か触れているので気になっていました。後期の口述筆記(いくつかはお酒を飲んだ状態の深夜に行われたものだそう)が多く収録されています。言葉があふれる「酔狸州七席七題」も良いですが、「芸術問答」や「冗語」なんかのほうも好き。私小説であることや口述筆記であること、その他生活の引け目を感じながら、そしてもちろん救いがないということを見つめることにこそ救いがあるなんて大仰な話でもなく、やれることがこれしかない、同じ話を何度も繰り返したり……。酔った状態の口述筆記なので読みやすいような読みにくいような文体。

僕の作はいつも同じように、たぶん見えるでしょう。けれども、僕は病気をして苦しい場合には、その苦しい気持ちを作の上に働かせ、不幸なことに打っ突かれば、不幸なその気持をですね、創作によって一歩でも突き抜けていきたい、だから多少は僕の生活よりか……身辺よりか、一歩なり、一段なり目標が先にない場合には……僕には書けないのです。だから全然実生活に引きずられているやうにみられるのは不満なんです。一歩進んだ気持ちなり心境なり気分なり、そういうもので僕の生活を引きずっていこうと心がけて居るつもりなんだけれども、それがアベコベに見えるのか知れませんな。(「芸術問答」)

随想集を最後まで読みおわってこのお話本当?って気持ちに多少なってるところもある(めちゃくちゃ不遜なことですが……)。

内容でいえば、終盤に芥川龍之介に揶揄ったような批評をされたという話で「千人風呂」って作品の話を出しているんですが、これ先日の日記に書いたお風呂じゃん!となっています。いや、千人風呂とよばれるのは全国にいくつもあるとは思うので早く当該作を読んで確認したいところなんですが収録本を探すのはすこし手間がかかりそう。

そしてこの「千人風呂」、太宰治の「狂言の神」にも葛西善蔵の作品として登場するみたいです。おっ全部がつながってきましたね。

ところで古井由吉が触れている私小説の話題には徳田秋声もあるんですが、こちらも著作を読んだことがない(雑魚)のに随筆評論集だけ手元にあるんだよな。次はこちらを読んでいきます。なんか私小説家の随筆だけ古本市場に出回りやすいとかそういうのがあるのか?ってくらい手元の本棚に随筆ばかり偏った揃いかたをしてしまってます。

2022年2月13日

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