(アンドレイ タルコフスキー (著), 鴻 英良 (翻訳), 佐々 洋子 (翻訳) )タルコフスキー日記―殉教録

先日、特集上映やリマスターのあったタルコフスキーの1970年から1986年までの日記です。少し前の日記に感想を書いた気がするんですが、とにかく映画から勝手に想像していた監督像とはぜんぜん違う、生身の書付が並んでいて迫力がある。というか、何なら少し気がやられるくらい疲れてしまう。ソ連で映画をとるということ、それにタルコフスキー自身が考える芸術家としての使命のようなものが根本にありながら、生活をするためにこなさなければいけないあれこれが残されています。気が滅入っている時期に読んでいるのでこういう文章が頭に残る。

「……私たちの外面的生活はどれもつねに嫌悪の情を催させずにはおきません。生殖行為は、私たちの情熱がそれを特別の光で照らすのでなければ嫌悪すべきものであるように、物質的生活とは食事や排泄にはじまり自分のために他人の労働を必要とすることに至るまで、どれもぞっとする嫌悪すべきものです。」(一八八四年十二月 V・Aアレクセーエフに充てたトルストイの手紙)

『タルコフスキー日記―殉教録』 514頁

2024年2月10日

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