(トマス・ピンチョン , 佐藤 良明 (訳))ヴァインランド (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 第2集)

めちゃくちゃおもしろかった……。1980年代、父ゾイドと娘プレーリィのもとに因縁の麻薬取締官ヘクタが再登場。絡み合った過去の因縁が右に左に錯綜しながら、60年代の政治闘争が現在に接続し、元妻フレネシ、その母サーシャ、友人DL、その連れ合いタケシ、連邦検事ブロック・ヴォンド、その他たくさんの登場人物たちを絡め取っていくそのパワー(500頁弱、2段組!)、そしてそれを感じさせない軽快さが読んでて心地よすぎる。

最初は多少読みにくくても、ギチギチに詰まったエピソード、そして緻密に描かれるワンシーンがたったひとつのセンテンスで別のエピソードに切り替わる手さばきに慣れてくるころには、カリフォルニア州にある架空の土地『ヴァインランド』の地理的なイメージだけでなく登場人物たちの描く60年代と80年代の時間とその軌跡が立ち上がってくる。個々のエピソードにある混沌、官憲国家に対する闘争、すべてを吹き飛ばす軽快さが絡み合って、作品全体に広がるハピネスの要因になっています。

特に、終盤になって登場人物たちが大集合する〈トラヴァース=ベッカーの夏の集い〉から先は圧巻だった。政府の方針によるあまりにあっけない事態の解決は、とはいえこの一大キャンプでは背景の一つ、一挿話に過ぎないかのように流れていく。ゾイドとフレネシの現パートナーであるフラッシュによる初対面のぎこちない会話や、大団円をよそに真夜中の鶏卵場襲撃をしていた(アンフェタミンを含んだ鳥の餌を失敬するため!)DLとタケシのエピソード、あるいはその他の登場人物たちのエピソードがするすると並んでいて、その一つ一つには間違いなくハッピーな兆しが存在していて、それが重なりあって、読んでいる最中からこの〈夏の集い〉以降100頁すべてが長すぎるクライマックスであるように感じられるのって楽しい読書すぎる。とてもおもしろかったです。

ムージルによる『愛の完成』や『静かなヴェロニカの誘惑』のような執拗な書き込みや愛に関する話題は『ヴァインランド』を読んでいるときにも似た香りがしていたかも、というとそれは引き付け過ぎかもしれないですが、ピンチョン作にでてくると思わなかったからこの脚注のことを残しておきたいというのもある。

ロベルト・ムージルは、おそらく、一番深淵で陰鬱な文学者を探した結果だろう。『特性のない男』一作だけ(完成版は死後出版)で二十世紀前半のドイツ文学の一つの頂点といわれるこの男は、「冷静で気位が高く人付き合いが悪く、冷徹で判断にきびしく軍人のように喋り、虚栄が強くエレガントで礼儀正しく常に服装は乱れず非の打ち所がない男」と伝記に記された。『ヴァインランド』463頁 脚注

今年上映されたおもしろ映画『ワン・バトル・アフター・アナザー』のベースになった本でもあります。

2025年8月16日

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