青春


『青春』をみた。良かった……。

上海を中心に大河・長江の下流一帯に広がる、長江デルタ地域。ここだけで日本のGDPをはるかに上回る大経済地域だ。しかし、映画が描くのは、長江デルタの大企業でも大工場でもない。長江デルタの織里(しょくり)という町の衣料品工場で働く10 代後半から 20 代の若い世代の労働と日常だ。彼らの多くは農村部からやってきた出稼ぎ労働者。彼らのような若者も、実は長江デルタの経済を支えている一員であることを認める人はほとんどいない。世界は彼らに注目しない。しかし、ここには驚くほどにみずみずしい青春がある。自分がやるべき仕事は「世界から見えない人たちの生を記録すること」と語るワン・ビン監督の真骨頂にして、初の青春映画である。

雑然とした作業場。猛烈なスピードでミシンをかける姿はアクション映画のようで、振り付けられたダンスのようだ。若い男女の恋愛をめぐる駆け引きはボーイ・ミーツ・ガール。あちこちで起こる言い争いは、暴力への沸点をはらむ。そして、5元をめぐる経営者とのささやかな攻防。これまでも、被写体との距離やフレーミング、すくいとる瞬間などに天才的な感覚を見せてきたワン・ビン監督ならではと言えるだろう。この映画は約20分のエピソードを9つのセグメントで描いている。登場する彼らすべてがここで生きていることを圧倒的に肯定し、それぞれの登場人物を注意深く見つめる。ワン・ビンの視線は、やがて中国という巨大な国に生きる一つの世代全体の運命を浮かび上がらせてしまう—必見のドキュメンタリー体験である。公式サイト

小規模な紡績工場で働く若者たちを撮ったドキュメンタリー。「利民路93号工場」、「益民路178号工場」、「幸福路110号工場」のように、小規模な工場が集まり、それぞれの工場に出稼ぎに来た若者たちは巨大な寮で共同生活をしている。ミシンの爆音と、それ以上のボリュームで現地のスピーカーで流れる音楽と、彼らの冗談と喧騒。労働後の夜にわずかに存在する生活の時間。それらに寄り添ったカメラは被写体をいつも後ろから追いかけている。

ドキュメンタリーですが、これにはインタビューが存在せず、ただひたすら映像を撮ったものをまとめた形に近いようです。一部の場面でカメラマンに声をかける場面もあるし、カメラを意識した発言もあるし、目線がカメラを向くこともあるので、完全に透明な視点というわけではなく、ただ寄り添い続けたといった印象。なので撮られて嫌そうな瞬間は直後にカットが入ったり、あるいはケーキの投げ合いやカップルのいちゃつきの場面なんかは演出の意図、あるいは登場人物側の意図もあるのでは……?と思えてしまうほどですが、パンフレットの記事をみるとそういう要素は排除しているとのこと。

215分間、いくつかの工場を舞台にまったく別の大勢の登場人物たちが似たような仕組みの作業場で似たような作業をやり、賃上げ交渉をやり、恋愛をやり、生活をやっている。これが退屈な同じ場面の繰り返しにならず、むしろその個人が直面している苦労が少しずつみえてくるような映画になっています。

ガルラジのことを思い出したので急にそれを念頭に書くんですが、類似の、似たような郊外の街であっても、類似は類似であって差異を前提としているんだよなというお話で、映画の最後、登場人物の一部が舞台である都市を離れて帰省するところに同行して映画が終わるのは納得感がある。先日、ジュンク堂であったこの映画館の方のイベントでも、ゴールが見えていないドキュメンタリーは大変で……という話が映画をみている最中に頭をよぎったんですが、こういう終わり方なんだという納得感があった。

とても良かったです。

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