小説、随筆、詩を書いている町田康が自分語りをすることになった講演を取りまとめた本です。本との出会いから原体験、パンクバンドINUとしてのデビュー、詩人、小説家としての文体について、古典との関係などをすごく平易な話で語ってくれるのでとても読みやすい。特に「第九回 エッセイのおもしろさ」で、文章を書くことに対する自意識について触れているあたりは何度も読んでいます。
”絶対におもしろい文章を書く”方法として”本当のこと”を書くということを挙げていて、要は社会とか世間とかに対する自意識みたいなことを意識するなという話なんですが、このあたりについて、古井由吉も『東京物語考』で触れています。
これほどに書き表わせるということは、書き表わされた存在とはもともと同じではない、あるいはそれをすでに克服した、存在のしるしであるのか。それとも、書き表わすという行為は、その存在がどうにか克服された結果でもなければまた、存在をいささか変えるものでもないのか。読むものはここで私小説の基本の問題に行きあたる。また、自己客観と自己克服とはあんがいに、たがいに関わりのないものなのか、客観はむしろ耽溺と、ときに鳥と卵との関係になるのではないか、とそう問えば事は小説の埒を越えてひろがる。客観を、慚愧の念とか罪業感の痛みとかに置き換えてみれば、さらにつらくなる。『東京物語考』(古井由吉)162頁
余談ですが、この本がでたあとの11月に岐阜県で講演会があったのでみにいったんですが、『歌舞伎をみること』というタイトルの講演も実際はこの本に添って語るみたいなものでした(日記)。そして日記にも書いたんですが、実際の語りもめちゃくちゃおもしろかったです。ちょうど休みに入ってしばらくした秋田旅行の際に持っていってあいている時間にずっと読んでいたのも思い出深い本です。
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