(古井由吉 (編))馬の文化叢書9巻 -馬と近代文学-

全10巻で国内で近代以降に書かれた文献が古代、中世、近世、近代の時代区分ごとに第1~5巻、民俗学第6巻、(畜産学や獣医学をまとめた)馬学第7巻、馬術第8巻、文学第9巻、競馬第10巻にそれぞれまとめられています。そのうちの文学編は農村だけでなく、近代以降、西洋文化の受容とともに都市生活から馬の姿が消えていった過程を文学の中に辿ろうとしたもの。どの短編も面白いのでツイッターにもときどき吐き出していたんですが、一旦ここで自分の気に入った作品を備忘的に列挙します。

○明治・大正~昭和Ⅰ:「馬上の友」/国木田独歩、「鶏」/森鴎外、「ゼーロン」/牧野信一、「馬を去勢する日」/上林暁、「馬の墓地」/上林暁、「馬喰の果て」/伊藤整、「馬」/伊藤永之介

この章では馬喰がまだ馬市で活躍している様子が、都市生活における馬が、あるいは生活のために育てられる馬が描かれています。村の牧場から逃げて馬を探して村人総出で山を探し、隣村の牧場で見つける話。役所の請負で去勢をして回る馬医を載せてきた去勢馬を以前まで育てていた子どもがみる目線で描いた話。あるいは馬の肉を愛しており、村で馬が死んだ際に埋められた墓地を暴いて食べている男の話など、馬をテーマに集めるとこんな小説もあるんだな……ってなります。

○昭和Ⅱ~Ⅳ:「競馬」/織田作之助、「馬市果てて」/千葉治平、「馬」/小島信夫、「名門」/大森光章、「モンタヴァル一家の血の呪いについて」/寺山修司、「黒馬に新しい日を」/小川国夫、「深い河」/田久保英夫、「窓口歳時記」/岩川隆、「中山坂」/古井由吉

すみません、いま全体をなぜか2つに分けた結果、列挙数のバランスがめちゃくちゃになりました。どれもこれも面白いんですよね~。小島信夫の「馬」、小川国夫「黒馬に新しい日を」はいずれも不条理、後者は変身譚でさえあるんですが、この2つは寝る間を惜しんで読んでしまったな……。「黒馬に新しい日を」は祖父と喧嘩して街を出る序盤から自然の描写がすごく丁寧で、街での大火事、そして自分がおじの育てていた”馬”になっていることに至るまで、話の展開は飛んでる一方で描写が一切ぶれないんですよね。この変身譚では不条理を受けて周りがうろたえることはなく(本人は死んだと判断されている)、ただひたすら続いていく日常を、親族の懊悩を、ひとつの目になって描写していく。それが人(余市)なのか、馬(アオ)なのかは心理描写としても三人称としても曖昧で、一方で描写がただ幻想に持たれたりしないところがすごく良かった。

「モンタヴァル一家の血の呪いについて」は競馬の血筋について。わたしはまだ競馬をやっておらず、いわゆる血筋がどれほど重要なのかもわかっていないんですが、とはいえこの血筋で一本書かれているのをみるとやっぱり競馬は物語なんだなと思わざるを得ないところもある。モンタヴァルの子どもであるメジロボサツについても記載があってメジロマックイーンが好きな私はここでメジロボサツの系を検索したんですが、どうもメジロといえどメジロマックイーンはアサマユリ系、メジロボサツ系はメジロドーベルがいる別の牝系みたいです。勉強になります。

この短編には詩がひとつ載せられてるんですが、

   なみだを馬のたてがみに こころは高い高原に/酔うたびに口にする言葉は いつも同じだった 少年の日から 私はいくたびこの言葉をつぶやいたことだろう/なみだを馬のたてがみに こころは高い高原に/そして言葉だけはいつも同じだったが 馬は次第に変っていった 今日の私は この言葉をお前のために捧げよう/モンタサンよ

がだいぶぐっときてしまい、わたしがこれからもし競馬にハマることがあったらこれを思い出すんだろうなと思いました。

競馬といえば、「窓口歳時記」では競馬は馬、馬券は人を相手にしてやるんだよといって競馬場の描写がなされています。この競馬を楽しんでる様子は織田作之助の「競馬」と違ってまたいいんだよな。そして最後に収録の「中山坂」、編者の古井由吉の短編がラストを飾っています。古井由吉といえば優駿で競馬エッセイを連載もしていて、ちょうどその連載前後に書かれた短編です。後年の文章にも中山競馬場までに歩く道中を描いたものがあるんですが、本作はその中山競馬場へ向かう道中の老人に出会う話。この設定だけで古井由吉を追って読み始めた私としてはかなりぐっときてしまう。とてもおすすめです。

いやーめちゃくちゃいいアンソロジーです。馬のいる時代に文学があってよかったね。人類の歴史に感謝です。馬の博物館のページでまだ購入できます。4,500円から値引きされて、今なら何と1,100円!

というかつらつら書いた各短編の紹介は巻末に載ってる古井由吉による解題が過不足なくてとても良いので本来はそれを読んでもらうだけで良いんですが、当然この本を買っていない場合は読めないので、その場合は『書く、読む、生きる』/古井由吉に収録されているのでぜひ。

2021年5月4日

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA