(古井由吉)辻

『辻』(古井由吉)を読み終わりました。いや、全然読めない……。「辻」から「始まり」までの短編12篇収録でそのいずれも辻が登場するんですが、この一番大切な辻がつかめないまま最後まで終わってしまった。

暮れかけたその榎の朽木を後にして、やや広い児童公園のはずれから、昔は脇往還の分岐だったと言われ、今は建て込んだ住宅の間で曖昧な鉤の手となった辻を過ぎるそのたびに、父親の享年をとうとう踰えたか、と樋内は背中から惹かれる。振り返ると、晩夏の日が短くなっていくのが日毎に感じられ、暮色の濃くなったその中に、幹から中折した朽木が一度に蘇って立ち上がる。じつはその背後に繁る欅の大木と、影がちょうど重なったにすぎない。辻を過ぎてからわずか十歩ばかりの間、そんな角度に踏み入る。
(「暖かい髭」冒頭)

このあたりはまだすごい、となるくらいには手を付けられるので付箋を貼って読み返すことができ、なのでここに載せたんですが、「役」だとか「白い軒」になるともうヘヘヘ…となってしまいます。「眉雨」を読んだときにも同じようなことを言った気がする。

先日読んだ対談集『連れ連れに文学を語る』を今ぱらぱら開いていたら辻について以下のように話しています。

少なくとも、象徴にはしたくなかった。ぎりぎり、刻々の反復の形を書きたかった。そして、この作品全体にわたる疑問のようなものを押し出した、それが辻なんです。象徴にしたら、この作品ははやくまとまってしまうのじゃないですか。(「終わらない世界へ」)

2022年5月1日

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