皇と王たちという中世の二重権力がやがて権力一般の相対化に向かうダイナミズムを生むように、生成子と個という目的論の二重化がテレオノミーの相対化に向かうダイナミズムを生む。
(略)
どの他者もわれわれの個としての生の目的を決定しないし、どの他者もわれわれの個としての生の目的を決定することができる。この無根拠と非決定とテレオノミーの開放性とが、われわれが個として自由であることの形式と内容をともに決定している。156頁
ここに来るまで、冒頭からずっと社会生物学の整理、生命の発生、そして動物個体の主体性についてを扱っているのが本書で、読みながらちょっと思っていた筋道と違ったな……と思っていたところがある。そしたらその後、補論Ⅰにて、本書がⅤ部構成の第Ⅰ部であることが示されました。
わたしはこの先に書かれる第Ⅲ部(「文明諸社会における個我と個我間関係」)辺りが読みたかったんだな……とそこで気づいたわけですが、本書の最後、補論Ⅱに収録されている「性現象と宗教現象」を読んだらそこが一番おもしろかった。宮沢賢治の生及び作品からエゴイズムの拒否、個の消失する場所を検討する部分になります。ここまで読んでやっと、本論の生命発生から動物個体の利己性の話でやりたかったことが繋がった感じがある。
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