(古井由吉)新鋭作家叢書 古井由吉集

収録作のうち、デビュー作の「木曜日に」と「円陣を組む女たち」「不眠の祭り」は初読です。日常の一部を徹底的に描くことと、同じように内面を徹底的に描くことがひとつの文章の中で重なる凄みが、これは他の作品にも通じる読みにくさでもあるんですが、これは初期作から出ていた気がします。そのひとつの極みのような芥川賞受賞作の「杳子」と、同じく候補作になった「妻隠」も収録。

後者の「妻隠」は以前に文庫で読んでいるんですが、これがもちろん他の作品と通底するものはあれど文章はすごく読みやすく、そしてそれ以上に(?)全体を濃い目に漂うNTRの匂いがある、あります。いや、わたしはNTR作品に全然詳しくないんですが、この作品についてはすくなくとも喫茶店で読むとき身体を少し壁側に寄せるようにして(ひと目を憚って)読んでたところがありますからね。

郊外のアパートに暮らす若い夫婦。男が高熱を出したあと、回復しながら気だるい1週間の休みを過ごしている夏。他の登場人物はお隣の寮に詰め込まれた田舎出身の若い職人たち、特に最年少の高校生くらいの男の子と、同じく近くに住んでいる老婆(男には嫁を、女には亭主を世話するという怪しい老婆)。男の話に応じる女の受け答え、あるいは女が話す日常の話のなかに出てくる若い職人や老婆、存在を出すだけで詳細は明かされない会話内容、男が気だるげに視線をやる女の所作、そこから感じる少しの不安感や同時にそれらを含めた生活全体の新開地感というか、当面の生活の場であり根のない感じ。

作品の肝がそういうエピソード群というよりも、作品全体の立て方がそうなんだよな。なんというかわたしが思うNTR作品ってその一つ一つの設定自体にそのNTR性があらわれるというよりも、そのなかで描かれる相手への視線、あるいは相手からの視線、耳の澄ましかた、そのときどきの姿勢、そういうところの描き方から立ち上がってくるものがあると思うんですが、そのあたりがすごく、すごいと思うんですけど……有識者の見解を待ちたいです。

「不眠の祭り」は眠れないのがつらいのか眠ることがつらいのかといった男の、眠りに落ちる前に意識の底からうまれてくる賑わい、音、そういうものを描いていて、わたしは毎晩Vtuberの耐久配信の音声が枕元に外して置いたヘッドホンから漏れてくる音を聞きながらこの短編のことを思い出していました。いや、感想でもなんでもないものを書いてしまった。

2022年3月7日

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