(古井 由吉)こんな日もある 競馬徒然草

いま読んでるいる本です。1986年~2019年にかけて優駿に掲載された古井由吉の記事をまとめたもので、完全にウマ娘もろかぶり世代のエピソードが読めます。いまはアイネスフウジンのダービーあたり。ウマ娘アプリで2,000や3,200メートルのレースをやっているおかげで距離感というかスピード感がプレイ前よりかなり見える気がする。逆にオッズ周りの単語はウマ娘で触れてくれないからさっぱりわからないが……。

もちろんレース模様が中心になるんですが、日記の形をとっているのでファン心理がかなりしっかり書かれてるのも楽しい。1着の馬だけでなく、そのまわりの馬たちが過去にどういう走りをしてきてそのレースではどう振る舞ったのか、自分の思い出を交えて登場するものだから実際のレースをみていなくても読み応えがあります。

ちなみに20万人弱の観客が詰めた1990年のダービー、ここで勝ったアイネスフウジンに対する『ナカノ』コールが競馬場初のコールとのことですが、このときの古井由吉の日記は各馬の様子を並べて褒めつつ、場内については「狂躁 」「およそ二十年来私の見たダービーのかぎり、もっとも稚い、泥臭い、場内の雰囲気であった」としています。このレースが競馬がギャンブルからエンターテイメントに変わるひとつのエポックだったという記事も読んでなんとなくウマ娘と並べてしまう。この競馬徒然草がちょうどその前後から書かれた日記になっているというのも面白いんだよな。終盤の古井由吉の目線がどうなっているのかも楽しみです。

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そういえば古井由吉は最近読んだ『我もまた天に』でもとにかく天気や季節の描写が多かった気がします。もちろん競馬徒然草でも競馬の記事だけあってその日の天気がよく描かれていて、これは描写について触れる別のインタビューのなかで

「暖かくなりましたね」というのは個人の感慨だけではないんですよ。大勢の人間が今までそう言ってきたわけ。たとえばその中には病人もいたし年寄りもいた。(略)「いいお天気ですね」「寒くなりましたね」という言葉の裏には、「季節が順調に巡っているのはありがたいことです」という心がふくまれている。それが薄れたんですよ。(『古井由吉 文学の奇蹟』p30~31)

というのにも通じていく気がします。まだ読み始めたところですがこの本に手を付けて良かったな。

 

(追記)

『競馬徒然草』は2002年の記事まで読み終わり、ついにウマ娘の名前が過去の名馬として出てくるようになってきました。今日読んだあたりだと1998年の有馬記念がよかった。

大半の人々がずっとグラスワンダーに期待してきたなかで、だからこそ当日のパドックでの気合のない、馬体に張りのない様子に気を落としている様子がしばらく描かれる。その中でグラスワンダーが勝つ。『それはそうだ、グラスワンダーだもの』『エルコンドルパサーの影に隠れることになったがこの馬の本来の強さを、力説してきた者たちばかりなのだ』

かく言う私自身、「グラスワンダーを買うなら、単勝一点だよ」と吹聴してきた者なのだ。連勝など姑息だよ、という心である。それが連勝の、馬連どころか、枠連をこっそり買い込んでいた。姑息のまた姑息なるものかな。(こんな日もある 競馬徒然草 P147)

こんな苦笑いと言うか、ぼやきの様子が、古井由吉自身のものも周りから聞こえてくるものも含めて、この回は特に味があるんだよな。好き。

2021年3月26日

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