『聞くこと、話すこと。』(尹雄大)を読み終わった。インタビュアーとして活動されている著者がこれまでに経験したやりとりから聞くこと、話すことについて考えていることをまとめた本です。第1章は「身体とその人の声ーー濱口竜介さんとの出会いで気づいたこと」というタイトルで、私が手にとったのはここがきっかけでした。
先日読んだ『カメラの前で演じること』(濱口竜介、野原位、高橋知由)のなかで濱口竜介自身から語られているような「聞く」ということについて、本著の著者が一度受け取り、カメラの前ではない、会話の場でどうであるかを考えています。”この場にいる互いのあり方にただ注視する態度”にとって必要なのは「定型の感情表現が入りやすい」共感ではなく、あるいは相手の話を聞いて善悪や正誤を決めるものでもなく、言っていることではなくて言わんとする音に耳を澄ますことである。これは本著を通じてこのあと最後まで語られることでした。
続く章ではケアの行われる場でのやり取りから「話すこと」について書かれています。認知症高齢者のためのケアの技法を考えたイヴ・ジネスト氏とのやり取りの中でオートフィードバックという技術が紹介されます。相手を相手として認める方法、それは特に寝たきりであった場合に行われるケアなどで良かれと思ってこそ失われてしまうことがあって、それを取り戻す方法が必要だという。
「私が話すのではなく、私の手が話す」というように、清拭の際に「肘を拭いています」「肩を洗っています」と自分の手がしていることを語る。そうすることで話す時間を引き伸ばすことができる。
(中略)
「ケアをしているあいだ、ずっと何かが続いています。ケア自体が続いているし、私の手の動きが続いています。それで決めたのです。自分の手が何をしているかを言葉で表現する練習をしようと」135頁
あるいは、第5章では自分の視点をどのように持つべきかが考えられています。自分の見方はどこに立って、どの角度から、どのように見ているから成り立っているのかを徹底して省みること。
このように、この本に書かれている聞くことや話すことって会話術というよりも相手を尊重してコミュニケーションをするにはどういう自分でいれば良いのかということで、そしてそれらは言われるとそりゃそうでしょうね、というものなのはまちがいないんですが、それがいま(いまさらかも)人とコミュニケーションをとれるようになりたいと思っている私が読むにはちょうどよいものだったなと思います。
読んでいて一番頭に残ったのは「適切な距離感などない。近づくことしかできないのです」ということばかもしれない。他人同士である各々のあいだに適切な距離感などなくて、近づくしかことしかできない。この本に書かれたことはいくつもあって、そのうえで、あとはコミュニケーションに挑むしかないこと、それはつまり結局自分と付き合い続けるしかないということなんだよな。
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