『ヒューマン・ボイス』をみました。コクトーの『人間の声』が原作です。この映画をみることになったときに、原作も短そうだし触れておこうかな~って思ったらどうも全集に収録されているみたいで気軽に読める本が見あたらず、代わりにネット検索をしていたら富山大学人間発達科学部の紀要に「『人間の声』 – プーランクのオペラをより深く解釈するために – 」(千田 恭子)が公表されていました。このなかに『人間の声』の訳が載っていたので事前に読んだ。街灯はA4で8頁程の短い作品です。それで映画の上映時間も30分です。
映画冒頭から”原作をもとに自由に翻案をした”と表記されるとおり、わたしが読んだ訳と比べると内容や印象がけっこう変わっている印象です。
3日前、愛していた恋人が結婚をすることを知った主人公が、自分の部屋で最後にその恋人と電話をする、その場面を描いた一人劇。そしてこの映画ではその役を演じるのがティルダ・スウィントンでめちゃくちゃかっこよい……。いや、予告編でわかるとおり作品全体で色味とか、登場する衣装も最高なんですよね。
ということで先に書いたあらすじのとおり電話をするわけですが、原作の初演が1930年であるのに対して今作は現代、スマホが登場する映画です。そういった時代背景の違いもあってか、”人間の声”に対するフォーカスが今作ではより”この個人”という意味での人間の声に視点がうつっているような気がします。
それは(細かい話ですが)冒頭の買い物シーンで他のお客さんと店員さんがフランス語で話をしているのに対して主人公だけ英語を使って差を出している点や、あるいはその主人公のスタンスが、もちろん原作の時代性もあってあちらは(いい表現がないんですが)従順さというか、そういうのを前提にしているのに対して映画では冒頭でいきなり斧を購入する迫力ですからね。それでもちろんやりとりの内容もより主体的になっています。
ちなみに原作で重要な役割を果たしていた、電話交換士がいて混線ばかりするし回線が切れたりもする、そこをつなぐ声っていう部分については無線イヤホンの通話で接続が切れちゃった!って一回だけやったのはうまいって笑顔になりました。
主人公と恋人が飼っていた犬については、これはおそらく主人公をなぞらえているんですが、中盤に「あなたを慕っている、わたしのことは嫌がっているから連れて行って」というところはどちらの作品においても共通で、ただ作品内で唯一、主人公が恋人にする”お願い”の内容が変わっていて、それにともなってこの犬の役割も変わってきます。うまい。
そのお願いというのが、原作ではお互いが交わした手紙を「あなたに燃やして、その灰を煙草入れにいれてほしい」というお願いだったことに対して、今作では「今いる場所からわたしの家の方角を見て」なんですよね。このシーンで主人公は恋人の手紙も、服も、まとめて灯油をぶちまけて火を放ちます。
そして最後、原作では恋人の声を聴き、その声(コード)を首に巻き、電話の終わりに合わせて受話器が落ちる……というお話なんですが、こちらでは火を放ったあとに「彼を一緒に弔いましょう」っていいながら犬と一緒に舞台装置(夜)を抜け出して日中の世界に歩きだしていくんですよね。
こうやって原作と今作を並べると主人公の先行きが大きく変わっています。それを30分でほぼ一人演技で演じきるのすごすぎる。あっという間の30分でした。おもしろかったです。
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