grace

『grace』をみた、とてもよかった……。

涼とした岩山に流れる小川のほとり。10代半ばの少女が身体を震わせながら下着の汚れを落としている。彼女が戻った先には老朽化した赤いキャンピングカーが止まっている。その中から出てきた見知らぬ女が少女に生理用品を渡し、そのままどこかへ去っていく。続いて出てき たのは少女の父親。少女は父親に嫌悪の一瞥をくれる。少女は「海に行きたい」とだけ呟いて車に乗り込む。
親子は赤いバンでロシア辺境を南から北へ縦断する旅を続けているようだ。移動映画館と海賊版DVDの販売でどうにか日銭を稼ぐ毎日。長旅に欠かせないガソリンは闇市から違法に仕入れる。少女は一体いつまでこの放浪生活を続けなければならないのか。思春期の彼女は父親への反抗心を日々募らせている。
親子の旅路には実に多様な風景が広がり、そこには独自の文化、言語、宗教を持つ人々がひっそりと逞しく暮らしている。少女は旅の唯一の愉しみであるポラロイドカメラでそんな風景と人々のポートレートを撮影する。
ある日、立ち寄った小さな村落でいつものように野外上映を催す親子。どこからともなく地元の住民が集まり、上映される映画を一心に見入る。スクリーンの設営を手伝った一人の少年。何もない小さな村で鬱屈とした生活を送る彼の目には、旅を続ける親子は自由を謳歌している ように見える。翌日、村から離れる親子のあとを彼はバイクで追いかける…公式サイト

父と娘がロシアの辺境地帯、山岳部から山林、荒野、砂漠、海岸までを移動する映画。無口な親子の会話は最小限でその名前さえ一度も登場せず、冒頭から長回しが続きます。カメラがゆっくりとパンをする場面が印象的で、荒廃した風景のなかから急に人がぬるっと出てきます。もう一つ頭に残るのはキャンピングカーの中で寄って撮られた狭い空間。広大な自然と狭い空間の繰り返しのなかで、あてのわからない旅の行き詰まり感や停滞感が全編に漂っている。社会に対する諦観に包まれた父親と、うっすらした世界への関心をもつ子が対比になっているんですが、とはいえこの対比自体が全体の停滞感のなかにあり、その寄り添いとすれ違いが時間をかけて少しずつ描かれていくような作品だった。

それにしてもロケーションがめちゃくちゃ良い。監督とスタッフは実際にこの全長5,000kmの道程を事前に計3度にわたって旅をして、その後に順撮りで撮影が行われたとのことです。風車の場面がとくに印象的で、ほかにもちょっとした廃墟のような場面でも良いところに階段があって、傾斜があって、こういう風景を長回しでぼんやりみていると急に人がいてびっくりしたりしたとこあった。

上映中ずっと館内にベーコンエッグの匂いがしていた気がする。作品全体のトーンは決して明るくはないんですが、親子の関係や、あるいは登場人物たちとのやりとり自体からくるのか、または広大な(荒れた)風景から来るのか、どこか少しだけ希望というかぼんやりした救いの感覚があったのがよかった。おもしろかったです。

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