映画監督のジュリー(T・スウィントン)は年老いた母ロザリンド(T・スウィントン)を連れて人里離れたホテルにやってくる。ジュリーは謎めいたこの場所で母についての映画を作ろうとするが、やがて母の隠された秘密が明らかになりー。オスカー女優のティルダ・スウィントンが一人二役で母娘の絆とすれ違いを見事に演じ切ったミステリアスなゴシックドラマ。 公式サイト
事前情報で頭に入っていたのが”ティルダ・スウィントンによる母娘の一人二役”という部分だったので、冒頭から完全にホラーの導入でちょっとびびってました。霧に囲まれた森の奥、夜道をタクシーが走る。「誰もいないはずの窓に人影が見えた」っていうエピソードを運転士が語り、ホテルに到着。
ここは母が以前に住んでいた親族のお屋敷で、ホテルになった現在は他のお客さんはなし。愛想の少ない従業員がいて支配人は不在。夜になると誰もいないはずの上階から物音が聞こえて娘は毎夜眠れない。「完全にホラーじゃん!!!」ってわたしは怖がっていたんですが、徐々に、これは怖がっているのは娘だけだということに気づいてくる。母はすやすや眠っているし、従業員も物音には気づいていない。
話が少し横にずれるんですが、最初は一人二役ならではの画面、二人が同一画面にうつることがないというルールがホラーならではの緊迫感を煽っているように感じていました。それが、母がこのお屋敷の思い出を語るに連れて、この画面に一人という制度が過去と現在を一人の人物のなかでつなげている強い効果がある気がしてきた。この部屋は昔こうだった。そのとき親族が戦争で死んだ。この部屋でこう過ごしていた。そのとき妊娠をしていて、出血をした。など、娘に語られる母の思い出たち。
母から語られるそれらの暗い記憶の数々に、娘はこのお屋敷に連れてきたことを詫びる。本当は母の誕生日をここで祝うために、ハッピーな思い出に囲まれて過ごしてもらうためのものであったのに……という娘にたいする母は、でも思い出ってそういうものでしょっていう、部屋には思い出が残るし、それは良いものも悪いものもあるでしょう。という、あっさりしたものなんだよな。
この母娘の関係がすりきれているかというと全然そんなことはなくて、母から届く会話の節々に「darling」って単語が含まれているし、娘は娘で母のため神経質なまでにこだわりをもって行動をするんだよな。こういうところがしっかりしているから安心して(わたしは)映画をみられる。
この二人のすれ違いが決定的になる場面が来ます。誕生日をお祝いする場面。娘から母に、「あなたのことを思っているのに、あなたのことが謎ばかりでぜんぜんわからない」というまるで母親のような告白。そしてこのシーンが、一人二役映画の禁じ手とも言える、二人が同じ画面におさまる対面のシーンなんだよな。ここで映画世界が反転する。
母の死と、その後を娘として生きること。母との記憶を映画として残すためにやってきた娘による、母の記憶と生きるということなんだよな。
そういえば、この映画のなかで時間の経過は画面からは伝わりづらくて常に雨か濃霧。そして出来事はいつも断片的に描かれてきました。「時系列が複数走っていた可能性があったんだ!」ってわたしはここにきて遅まきながら気づきました。
寝つきの悪い娘に対してすやすやの母が眠剤を進める場面がある。「あなたは好まないでしょうけど、どう?」といった感じで、娘はコーヒーを減らして、運動もしてみるって答えるんですが、この映画の最後の夜、ひとりの夜に娘は母の薬箱から眠剤を一つ飲む。
そしてホテルを後にする日の晴れ空、クリスマスシーズンの到来で一気に画面が明るくなり、映画が終わる。おもしろかったです。あとティルザ・スウィントンが夜に外へ出たがる犬を連れ出したときに着ていた部屋着か寝巻きのベルベットの上下が大変かっこよかったです。
これは蛇足ですが、エターナル・ドーター、誰かとみにいっていたら終わったあとに眠り姫nessありましたよね⁉︎みたいなインターネットに流すには胡乱な感想言いそうだった。まあ誰かとみにいくことないしインターネットには書きますが……。
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